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再び、フィールド調査

きょうは長野県の小布施町にフィールド調査に行ってきた。
調査の後は「蔵部」という、酒蔵を改修したレストランで寄り付き料理のコースを食べてきた。

いま帰りの車のなか。

これでテーマプロジェクト研究に関するフィールド調査は終了。結局、4社に行ったのだが、幸いにも全て社長にインタビューすることができた。

経営者にお話しをうかがうというのはめちゃめちゃ面白く、ものすごく勉強になった。
事前にその会社のことを調べたうえで訪問しているのだが、要は、直接お会いしないと聞けないような話がいっぱいあった。

あしたからは、報告に向けてどう内容をまとめるのかという作業になる。発表会は1月9日。

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あだ名

ブログ部の「シナジー企画」で、今回のテーマは「あだ名」。同時刻に、同じテーマで7名のMBA生ブログがアップされる。

さて、この「あだ名」ということなのだが、実は私は、ひとを「あだ名」で呼ぶことが苦手である。むかし人付き合いが下手だったことの影響もあるのかもしれないが、ひとを「あだ名」で呼ぶことに慣れていない。ひとを「あだ名」で呼ぼうとすると、「なれなれしい」のではないかと思ってしまって、そう呼ぶことを自制してしまう。

どうも、わたしは未だに人との距離感をうまくつかめないようだ。いい大人になって、まだそんなことを気にしてしまうのもどうかと思うけれども。

でも、一方で私は「あだ名」で得をしてきている。けっこう、私は「あだ名」で呼んでもらえる。なんだかんだと親しんでもらえているのかもしれない。大人になってからの、あだ名でも4種類ある。---「あちゃ」「あさやん」「あーくん」「たろう」。幼少期のあだ名には、「ビーフ」という意味不明なものもあるが。

幼少期の「ビーフ」というあだ名は、いじめっ子による命名だ。まあ、いじめっ子とは言っても、彼は他の人と つるんでいじめていたわけではなく、単独犯だったので、僕はそんなに恨んでいないが。僕をいじりたかった、だけかもしれない。いっとき、僕は自分の携帯メールのアドレスを「taro.acha.beef @・・・」としていたのだが、たまにその由来を聞かれることがあって面倒くさいのでそのアドレスは変えてしまった。でも、自分自身、あだ名には愛着があったんですね。

学生時代のあだ名には、「あちゃ」と「たろう」という二つがある。「あちゃ」は同級生からのもので、「たろう」は先輩からのものである。大学を卒業して14年近く経った今でも、そのときの仲間に会うと「あちゃ」と言われる。ほんと、学生時代って、いいね。

社会人になってからは「あさやん」と「あーくん」という呼び名がある。アサヤンは、飲み屋のマスターからそう呼ばれていたのだが、MBAでもこのあだ名がついた。誰が呼びはじめたんだろうか。MBAには、「あさ・・」という名前がほかにも二人いるのだが、アサヤンは僕だけ(?)。学業では二人の「あさ・・」さんに勝てないけど、存在感では何とかがんばりたい。目指すところは、敬遠球をヒットした新城のような「記憶に残る存在」か。意味不明かな?

ちなみに、僕が30歳代になってからの友人で、僕を「あーくん」という呼び名で親しんでくれるひともいる。友人って、貴重ですね。そのうちのひとりはこのブログを読んでいるのですが。

どう「落ち」をつけたらいいか分からないんだけど、きょうのところはこの辺で。。。 

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フィールド調査

きのうは、テーマプロジェクト研究のフィールド調査で、6名で今治へ。

現地に行って経営者の話を聞くというのは、やはり得られるインプットが非常に多い。来週は、長野に行く予定。

調査した内容をどう整理して、どう仮説を構築するか---。他の研究チームもそうなんだろうけど、年末年始の作業はたいへんなことになりそうだ。

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知識

きょうはケースプロジェクト研究の一環で、ある会社の経営者にお目にかかり、その会社のブランド戦略について、濃密なレクチャーをいただいた。

その話は圧倒的なものだったので、いろんな感想が書けそうなのだが、ひとつ言えることは、当たり前かもしれないけど、『こういう話はそのひとに直接お目にかかったからこそ、聞けた話だ』ということ。

以前から漠然と思っていることだが、実は「知識」というものは「秘められたもの」なのだと思う。唐突な言い方だけど。

有益な「知識」というものは、それを語る「ひと」から分離することはできない。だから、有益な知識というものは簡単には世の中には流通しない。

これはたぶん当たり前のことなので、どう上手く説明したらいいのか分からないのだが、僕はときとしてその当たり前のことを忘れているように思う。

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