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ブログ部企画「転機」

今月のお題は「転機」なんだけど、そんな転機っていえるほどの出来事って思い浮かばない。

でも、自分が今ここにいるのはどういう道筋を辿ってきたのかということを振り返ってみると、いくつかポイントになっているところはありそうだ。ターニング・ポイントというのとは少し違うかもしれないけど。

  • もしも、僕が就職浪人していなけりゃ、いまの会社に入ってなかっただろうし。
  • もしも、今の会社に入っていなければ、あの先生に出逢ったり、あのお客さんに出逢ったりすることはなかっただろう。
  • また、もしも、その先生やお客さんとの仕事を一生懸命やらなけりゃ、その縁がここまで長く続くことはなかったろうし。そもそも、それ以前の話として、自分がその仕事をやりたいと立候補しなければ、その縁は自分の前を通り過ぎ去っていただけだろう。
  • それは、こうして大学院に通うことになったことに道にも通じているんだけど、どこか一つでも違うめぐりあわせになっていれば、全然違う職業人生になっているのかもしれない。
  • もしかすると、いまこうして勉強していることも、次の道につながっていくのかも。(ただし、いまは悩みつつもただフラフラとしているだけ。なんとか成果を出すところまで行きたいんだけど。)

「もしも・・・」というふうに振り返ってみて思うことは、ひとや仕事とのであいには「偶然」とか「めぐりあわせ」といえるような要素がたくさんある。ただ、そのめぐりあわせのなかで、自分がどのように考え行動してきたのかということも同時に大事だったりする。

話は飛ぶようだが、今回の「転機」というお題について考えていたとき、なぜか『ソフィーの選択』という映画のことを思い出していた。うろ覚えなのだが、この映画のなかで主人公のソフィーは、「人生は選択の連続だ」というようなセリフを最後にしゃべっていた。そして、「一度選択したら、後戻りできない」というようなことも言っていたような気がする。

偶然やめぐりあわせのなかで、そのことに対し、そのひとがどう考え行動するのか。それがすなわち「選択」という行為なのであり、その「選択」によって、ひとの人生は大きく変わる。場合によっては「何も選択しない」ということもありえるのだろうけど、それすらも「選択」なのだと考えると、自分の人生にもっと責任を持たなきゃいかんなという気になってくる。

(最後は意味不明ですかね。。。)

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停滞?

きょう、近所の友人とちょっとしゃべった。

彼はフォトグラファーなのだが、6歳ほど年下ながら、直観に基づいたコメントをくれるので、ドキっとしてしまう。

「Aさんは、最近、停滞してるよね?」

「たしかに今、研究も行き詰っている」

「停滞しているから、なんか老廃物がたまっている感じがする。例えば、肉ばっかり食べているから便がつまっているという感じ。Aさんは、“入口”を工夫した方がいんじゃないかな」

「?」

「入口っていうのは、例えていえば、1日でいうと、朝どんな歯ブラシで歯磨きをするのか、というようなことでも実は大事。自分でイメージを作って、それを現実に投影していく。いいイメージができると、結果に向けての道筋も見えてくる」

わかったような、わからんようなところがあるのだが、私はなぜか、非常に痛いところをつかれたような気になった。

ここで話は突然ジャンプするかもしれないが、人間の脳のなかには、初期ネットワーク(default network)というのがあり、これは人間が外の世界に焦点をあわせていないときに働きだし、「面白いことを発見する」「想像の羽を羽ばたかせる」というような若い脳の状態がうまれる。

この初期ネットワークは、日々忙しくしているときや、頭のなかが目標や課題で占められてしまっているときには起動しないらしいのだが、もしかすると、今の私がその状態かも。

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