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【ブログ部連動企画】なぜMBAを志したか?

あれは3年前のこと。
博士課程にいた知人(一般院生)と飲みに行った。

そのとき、彼は、
「再入門者さんにとって、大学はこんなに近くにあるのに、なぜMBAに挑戦しないのですか? 再入門者さんは何故一流を目指さないのですか?」
と正面から問うてきた。

「MBA挑戦 =(イコール) 一流を目指す」 なのかどうかの是非はさておき、この年下の知人からの一言に僕は拳をガツンとくらわされたような気持ちになった。なぜか、気持ちに火がついたように思う。
「一体自分が何を目指しているかも分からずに…」だが。
まずは受験合格という第一関門に向かって、歩みを始めた。

僕はそれから、1年半をかけて受験し、一度は不合格になりながら、2009年の春にようやくMBAの門をくぐった。

(※今日のお題(=テーマ)としてはここで話が終わるのですが、もう少し余談を書いてみたいと思います。)

◆◆◆◆◆

そもそも、MBAに入るまでの自分のキャリアを振り返ると、
わたしは節目節目で「新しい環境」を求め、そこを自分の「活躍の場」とするというプロセスを通して、成長への軌道を描こうとしてきたように思う。
(※MBAもその一環として、位置づけられるかもしれない。)

29歳のときのことだが、私は職場での人間関係には飽き足らなくなってきていたこともあり、社外のネットワークに参加しはじめた。
そのときは、様々な人たちや諸先輩方との交わりのなかで「自分がどういう貢献ができるのか」に一生懸命取り組むことにより、徐々に自分の存在感を発揮できるようになったと思う。
(※単にそれは「あなたの外見とキャラのおかげでは?」というご意見もあるかもしれないが。)

また、31歳のときは新規部署の異動に伴い、内勤事務から営業職に転じたのだが、「あいつに営業ができるのか」などと陰口をたたかれながらも、私はこの新しい環境が俄然うれしくって、メチャクチャ張り切った。
新規開拓がメインであったため、はじめの頃はかなり悪戦苦闘したのだが、そのうち、「自分の知識の広がりや経験の蓄積が仕事の成果につながっていく」というようなサイクルにも入れたように思う。
(※この営業のときは、「自分の外見とキャラもかなり役立った」と自分でも思うが。)

そして、35歳のときにMBA受験を決意し、37歳で入学。
今から考えると、私は入学当初、この「新しい環境」を「活躍の場」とするために頑張ろうとしたのではないかと思う。(※当時はそんなにも自覚していなかったかもしれないが。)
そして、それは私のキャラのおかげもあってか、ある程度は成功したといえるだろう。存在感の発揮という意味においては。
また、今までには出会えなかったようなバックグラウンドを持った方々に出会い、すごい努力家や才能にも接することができた。

しかし!

しかし、である。

MBAとはそんなものではない!(のではないか。)
MBAの課程の中で真摯に取り組むべきこととは---。
MBAで修論を終えた時に到達できる頂きとは---。
(おそらく)そういうことではないのである。

私には、まだその頂きは遠くにあるのだけれども。

◆◆◆◆◆

私はようやくいま、修士論文に取り組みはじめている。
先日は期限ギリギリで何とか、論文題目の登録を済ませたところなのであるが、大げさにいえば、ここで体験したことは「自分と向き合う」ということである。

いままでは、周りの環境から「与えてもらって」ばかりいた自分がいる。
そこに多少の甘えはなかっただろうか。

いま問われているのは「自分」---。
あなたには何ができるのか?
あなたは何になりたいのか?
そもそも、私はこの春の異動で営業職から内勤職に出戻ってしまったのだが、「今後の私に一体どんな価値があるのか」が分からなくなっている自分が現実にいるのだから。

年下の知人からガツンと言われたときの自分に足りなかったものに、私はようやく気付きはじめているのかもしれない。
だとすれば、私がMBAに来たことの意味は、これから私自身が自分にどう向き合うのかにかかっているのではないかと思う。

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論文題目、決定。

「建設的ダイアローグが人材育成に及ぼす効果」です。

家に帰って、登録作業です。

なお、指導教官いわく、このテーマにぴったりのイメージキャラクターは、なぜか「コオロギ」とのこと。「コオロギは、口論議とも書くんだよ」とのことであった。

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