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【ブログ部連動企画】 最近の出来事から感じたこと、考えたこと

大幅に更新が遅くなりました。すみません。

金曜の夜は、会社の後輩の歓送迎会だったのですが、家に帰ってからは結局ブログを書かずにダウン。。。弱くなったものです。。。

言い訳はさておき、本題です。

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3月11日以来、私はずっとテレビで推移を見続けてきたが、いまだにどう現実を把握したらいいのかがよく分からない。

一方、身近な話として、私のところに届いているニュースは3つ。

ひとつ目は、大学の同期がひとり被災地域にいたが、無事であったという知らせ。東北大学で研究者をしているひとなのだが、家も高台にあって特に生活に支障はでていないということであった。「ただ、家の中で困っているのはお風呂」と、同期のメーリングリストをとおして近況報告があった。

人によって、状況はいろいろと違うようだ。

ふたつ目は、姫路にいる知人からのメール。そのひとの実家は、茨城なのだが、身内がひとり亡くなったという。 メールでどう返事してよいか分からず、「そうなのですか。。。」としか言えなかった。一度、会って話がしたいと思いながら、日が過ぎてしまっている。

みっつ目は、東京に働きにいっている旧知のひとからの電話。「放射能は大丈夫なのか?」といきなり訊かれた。自分なりにいろいろと調べてみたが、複数の専門家が「現状の避難区域は適切」「東京に居ても問題はない」と言っていたので、そのことをメールに書いて送った。

その後、連絡は途絶えていたのだが、つい先日「きょうだけ大阪に居る」と連絡があり、会社の近くでご飯を一緒に食べた。実際に会ってみると、そのひとはものすごく不安がっていた。同時に、ものすごく毒づいていた。「いま福島で働いているのがどういう人たちなのか知っている?」とか、石原都知事がどうだとか蓮舫がどうだとか。。。わたしはそのひとが政治的なことを話題にするのを初めて聞いた。

どうやら、政府のいうことも、専門家がいうことも、何も信じられないようだった。「その専門家が言うことが正しいという保証があるの?」という感じだった。ただ、私自身が専門家ではないし、専門家から伝聞したことを言っているだけなので、私がいうことに確たる根拠があるわけではない。だから、私としてはそれ以上は何も言えなかった。

数日前に、工学部の先生をしている知人に訊いた時も「分からんものは分からんとしか答えようがない」と言われたのだが、そのことを通して私が感じたことのひとつは、科学技術やそれに関する知識が「一般のひとにとっては近寄りがたい」ところがあって、しかも「肝心なときに信ずるに足りるものになっていない」のではないかということだった。

。。。ところで、「肝心なときに何を信じるか?」

って疑問はかなり大きな問いかもしれない。

いま日本中を覆っているのは「非日常」の世界だとはいえないだろうか。僕たちは何だかんだいっても、「日常」という世界に軸足を置いて、日々を過ごしている。「日常」に不満を持つことはあったとしても、「日常」というものが明日も明後日もかわらずに存在しつづけているということを疑ってはいないと思う。また、疑っていては毎日毎日の生活をすることができない。

しかし、「非日常」の世界が口をひろげ、「日常」の世界に浸食してきたとき、ぼくたちは何を信じていいのか分からなくなってしまう。そして、「非日常」の世界に足をからめとられてしまうと、「日常」のこともできなくなってしまう。また、いままで何の疑問も抱かずに「日常」を過ごしていたということに気づかされる。そして、肝心なときに頼るべきものを何も持っていなかったことに唖然としてしまう。

肝心なときにこそ、一人ひとりがもつ信念の在り処が問われ、それが行動の違いとなって現れる。

大変なときにこそ、ひとの真価が問われるのかもしれない。

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着地点が見えない。。。

私は今年の1月、必死で論文を書いた。それは、それまでに何もできていなかったことの裏返しでもあるんだけど、提出期限に間に合わせるためには もう四の五の言ってられなかった。たぶん、今までの人生のなかであそこまで集中して頭脳がハイテンションの状態になったことはなかったと思う。そして、丁度そうしたタイミングで色んなひとが陰に日向にサポートしてくれた。その結果、なんとか論文提出にこぎつけることができた。

あるひとが「論文を仕上げるのは、最後は『気合い』だよ」ってアドバイスしてくれていたのだが、まさしくそうだったのだと思っている。その意味で、この経験は、私にとっていままでに得たことのない貴重なものとなった。それは間違いない。

ただ、日が経つにつれて、自分の頑張りがいかに「追いつめられた末」の「付け焼刃」的なものであったのかということに気づきはじめていた。それは、半ば無意識的なものだったのかもしれないが、最近ひさしぶりに師匠に会って、その事実に向き合わざるを得なくなった。

師匠はふたつのことを言った。ひとつは、「論文の途中までは良かったんだけどね。。。」ということ。もうひとつは、「そこで考えていたらしいことを実際には全く実践できていないよね」ということである。

。。。僕が論文のなかで取り組もうとしたことは、まだ中途半端な状態のままで自分の中で燻りつづけている可能性がある。でも、この1か月ほどはそのことを放置してきた。また、現時点では、その課題をどのように拾い上げて、明確化したらいいのかが分からない。

・・・・・

。。。いま、ぼくは自分のなかの気持ちを棚卸ししようとしてこの文章を書いているが、どうにも結論が出そうにない。

リアルな世界に目を向ければ、ぼくはこの3月に晴れて大学院を修了するし、4月には会社で(同期よりも2~3年遅れで)ようやく(資格上の)管理職に昇進するので、良い意味での転機にあるはずである。でも、一向に気持ちは晴れない。

「次に何を目標とすべきか」という前に、「何が課題として残っているのか」ということもありそうな気がして、僕の気持はこの両者のどちらにも行けずに宙ぶらりんになっている。

会社ではこれまで以上に後輩の面倒を見るつもりだけど、自分自身の面倒が見れないようじゃね。。。

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