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【ブログ部連動企画】オリンピック東京招致決定!

わたしはテレビをあまり見ないせいか、招致決定の感動の場面というものをまだ目にしていない。聞くところによると、最終プレゼンの模様はいろいろと感じることの多いものらしいので一度見ようかと思う。ただ、今日時点ではまだ見れていない。
そこで、今日は、オリンピック招致決定を別の角度から眺めることができないだろうかと考えている。

ふと気づくのは、この2013年は前回の東京五輪開催からほぼ50年が経っているという事実だ。
なんとなく区切りのよさそうな、この50年。この50年の変化と今後というものを考えてみたい。

この50年のうちのはじめの30年間は日本経済の成長期だ。世界との付き合い方は欧米が中心だった。一方、バブル崩壊後は失われた20年と言われるようになり、時代は大きく変わった。世界との付き合い方は、中国やアジア、(そしてインターネットの影響も相まって)グローバルな空間へと広がりつつある。
この間のスポーツの世界に目を転じれば、以前の日本選手は日の丸を背負って、大きなプレッシャーを抱えて「本番に弱い」などと揶揄されることも多かった。でも、最近の選手たちは頼もしいことに、伸び伸びと活躍するひとたちが増えてきた。Qちゃんしかり、水泳のチームしかり。だんだん、個というものが発揮される世の中になってきたのだろうか。

さて、次の東京五輪が開催される2020年は、バブル崩壊から約30年が経過する時期にあたる。その30年間の変化を踏まえたとき、五輪と日本人のあり方はどのようなものになるだろうか。

もはや昔日のように国民と選手が一体になっての国威発揚の場ではなくなっているのではないかと思う。もちろん、日の丸を応援したいという気持ちは自然に湧き起こるだろう。でも、できれば他の国の選手たちのフェアプレーや奮闘にも拍手を贈れるような、そんな楽しみ方ができるようにならないだろうか。
また、今までのように全国放送のアナウンサーやキャスターの叫び声に調子をあわせるだけではなく、ネット放送やソーシャルネットワークなどをまじえた、多様な楽しみ方ができるようにならないだろうか。

なお、最後にちょっと冷めたことも書いておく。
実はわたし自身は東京五輪が決まったとき、「これは東京の五輪であって、日本の五輪という形にはならないのではないか」と感じてしまった。というのも、いまや東京と他の地方とでは、都市としての魅力や実力は段違いであり、今回の招致もその反映であると思ったのである。
ただ、同時にもうひとつ思ったこともある。

仮にそうなのだとしたら、今回のことをきっかけに、日本の中で都市間の競争がもっと起こらないだろうか。それぞれの都市や地方が世界とのつながり方を独自に工夫するようになればいいのに、と思う。
そして2020年は、東京以外の各都市でもいろんなイベントや企画が独自に取り組まれるようになればいいのに、と思う。せっかく世界から日本にひとが集まるのだから、東京だけに来て去ってしまわれるのは勿体ない。他の都市にも足を運んでもらえるよう、各地方が独自性を競い合うようになれば新しい日本のあり方を見出すきっかけになるかもしれない。

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