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【ブログ部連動企画】理想の上司

「理想の上司」を部下の立場、上司の立場のふたつから考えてみたい。

まず、自分が部下の立場から上を見たとき、「理想」の上司って居なかったような気がする。でも、仕事をするうえで、上司っていうのは常に「参考」になる。何か吸収できるものがあればよいが、そうでなくても反面教師にはできる。ただ、最悪なのは、自己中心的なところがモロに言動に出てしまう上司。別に聖人君主になれとは言わないが、管理職ならそれなりの役目だったり、職責なりを担っているのだからね。そこに対しては誠実であってほしい。

とは言っても、自分が上司の立場にたってみると、これがなかなかに難しい。役割や職責に対して愚直であろうとしても、それだけでチームが動くわけではない。たぶん、部下っていうのはどこかで上司を見透かしているようなところがあって、上司の言動や能力の欠点を突いてくることもあるし、人間的な部分での反発もある。だから、いろいろと悩むんだけど、結局のところ自分の強み・弱みをふまえてチーム運営のやり方を試行錯誤していくしかないと思っている。

以上のことは主に上下関係にまつわることだが、もうひとつ考えたいことがある。

課長なり部長になりになれば、ヒラのときとは違って仕事を見る範囲がひろくなる。そのとき、その舞台のうえで何をするのかが問われるのだと思う。現状の管理だけに汲々とするのではなく、先のことを見据えながら何かを仕掛けていく姿勢が必要なんじゃないかな。だって、ある程度の権限がないとできないことってあるんだから、保守的にならずに積極的にチャレンジして欲しい。

なお、抽象的な話だが、このときには「センス」のようなものも問われるはずだと思う。たとえば、事業に対する嗅覚だったり、戦略的思考だったりというコンセプチュアルスキルが必要になる。だから、「理想の上司」がいるとすれば、そういう資質をもつことも条件になるのかな。

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【ブログ部連動企画】生まれ変わった自分

アップが遅くなってすみません。

自分が生まれ変わるってどういうことなんだろう。
たとえばサナギが蝶になるように、人間にもメタモルフォーゼのようなものがあるだろうかと考えてみた。
しかし、そういうものも思いつかない…。

Mumuyauさんが言うように、人間の細胞は3ヶ月くらいて全て入れ替わる、という話はぼくも聞いたことがある。
ただ、自分自身には生まれ変わっている実感はない。嫌になるくらい、私はやはり私である。

次に、パーソナリテイについて考えてみた。
大雑把に言って、ひとのパーソナリテイは20歳くらいまでに形成されて、その後は変わることはあまりないそうである。
ただし、女性ならば出産の痛みを経験したらパーソナリテイに影響があるらしい。男性でも、死ぬほどの目にあったらパーソナリテイが変わることがあるそうだ。
やはり生まれ変わるためには、やはり一度「死」のプロセスを経る必要があるのか…。

生まれ変わった自分って思い浮かばない。だから、いつでも私は私である。

いや、そうとばかりは言えないか。よく考えると、私たちは社会の中で複数の人格もしくは役割を演じ分けているように思う。
実家で母親の前にいる私と、会社で上司や部下の前にいる私では振る舞い方はかなり変わっている筈である。

社会のなかで様々な役割を担うことで、生まれ変わることはできなくても、いろんな人生を生きることはできると思う。
ただし、あたらしい役割に取り組みはじめるときには苦労がつきまとう。今までの人格を否定されるような気になることもあるだろう。
だから歳を経るごとに保守的になってチャレンジしなくなる。

ちなみに、ぼくは次の転機は50歳になったときだと勝手に決めているのだが、50歳になっても新しいことに取り組める自分であれば、それ以降の人生がさらによいものに開かれていくのではないかと思っている。そうすれば、人生の道のりでメタモルフォーゼしていると言えるでは。

これは将来に向けての願望だが、そのためにも、この40代は自分のいまの役割をしっかり果たせるように頑張りたい。40代になってからの会社での役割がまだ身に付いていないので…。
前向きに頑張らなくちゃね。

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