着地点が見えない。。。

私は今年の1月、必死で論文を書いた。それは、それまでに何もできていなかったことの裏返しでもあるんだけど、提出期限に間に合わせるためには もう四の五の言ってられなかった。たぶん、今までの人生のなかであそこまで集中して頭脳がハイテンションの状態になったことはなかったと思う。そして、丁度そうしたタイミングで色んなひとが陰に日向にサポートしてくれた。その結果、なんとか論文提出にこぎつけることができた。

あるひとが「論文を仕上げるのは、最後は『気合い』だよ」ってアドバイスしてくれていたのだが、まさしくそうだったのだと思っている。その意味で、この経験は、私にとっていままでに得たことのない貴重なものとなった。それは間違いない。

ただ、日が経つにつれて、自分の頑張りがいかに「追いつめられた末」の「付け焼刃」的なものであったのかということに気づきはじめていた。それは、半ば無意識的なものだったのかもしれないが、最近ひさしぶりに師匠に会って、その事実に向き合わざるを得なくなった。

師匠はふたつのことを言った。ひとつは、「論文の途中までは良かったんだけどね。。。」ということ。もうひとつは、「そこで考えていたらしいことを実際には全く実践できていないよね」ということである。

。。。僕が論文のなかで取り組もうとしたことは、まだ中途半端な状態のままで自分の中で燻りつづけている可能性がある。でも、この1か月ほどはそのことを放置してきた。また、現時点では、その課題をどのように拾い上げて、明確化したらいいのかが分からない。

・・・・・

。。。いま、ぼくは自分のなかの気持ちを棚卸ししようとしてこの文章を書いているが、どうにも結論が出そうにない。

リアルな世界に目を向ければ、ぼくはこの3月に晴れて大学院を修了するし、4月には会社で(同期よりも2~3年遅れで)ようやく(資格上の)管理職に昇進するので、良い意味での転機にあるはずである。でも、一向に気持ちは晴れない。

「次に何を目標とすべきか」という前に、「何が課題として残っているのか」ということもありそうな気がして、僕の気持はこの両者のどちらにも行けずに宙ぶらりんになっている。

会社ではこれまで以上に後輩の面倒を見るつもりだけど、自分自身の面倒が見れないようじゃね。。。

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論文 OR 読み物?

土曜日、論文審査会が無事終わった。

論文に対する評価としては、副査のおひとりの冒頭コメントがすべてを語っていたように思う。

「読み物として、面白かった。●●さん自身の弱みの認識。そして、そこから脱皮しようとするプロセス。それが、論文の全体から透けて見えてくる。それ自体は悪いことじゃない。だが、学術論文としては大きな問題がふたつある。ひとつには『人材育成に及ぼす効果』が付け足しみたいにして最後にでてくるということ。おそらく事前のリサーチデザインが不十分だった為であろうと思う。もうひとつは、論証の部分がトートロジーになっている。筆者が定義したことを使ってケースを分類しているが、これは結局のところ同じ主張を繰り返しているだけにすぎない」

トートロジーであるという批判は自分でも自覚していた。実は、前回のブログの中で、「・・・、『結局は何も言えてないんじゃねえか』という気持ちになったりもする」と白状していたのは、このことがあったからである。 そこで、審査会のプレゼン資料には、「論証が不十分です」ということを認めたうえで筆者としてどう考えているかというスライドを補足的に用意していた。先生にはそれを使って答えた。聞いていた同級生のひとりからは、「あんなのってアリ?ちょっと狡い」って、つっこまれたけど。

主査の先生(=指導教官)からは、「後半部分は問題があるけど、前半の理論編はしっかりと書いている」というフォローがあった。後で、先生に論文として成り立っているかどうかを聞いてみると、「一応『読めた』から安心した。そこは、さすがにMBAだって思ったよ」ということであった。・・・でも、「読めた」っていうコメントからすると、やっぱり論文というよりかは『読み物』だったのかな。

ちなみに、指導教官と話していると、「●●さんには、あえて関りすぎずに、自分で考えさせるように仕向けたんだが、ちょっと一皮むけたんじゃないの?」というコメントもあった。冒頭の副査の先生のコメントにも通じる評価だと思う。たしかに、出来上がりがどうなのかはさておき、論文作成プロセスではいっぱい考えたし、自分自身いい気づきが得られた。たとえば簡単なことで言えば、マトリックスにして分析するということの有効性をようやく今回気づくことができた。マトリックスを書くときの軸をどう置くかで、現実の見え方が変わってくるということを今回学んだと思っている。ほかの人から見れば、「MBAに来ていて、そんなこともわかっていなかったの?」ということになりそうだが、卒業前に学びを深めることができてよかったと思う。こんなレベルで卒業しちゃったら、MBAに失礼だし。。。

なお、わたしの今回の論文は「議論と対話」をテーマにしたものだが、このテーマを選んだのは、「自分は議論が苦手だ」と思っていたことが大きな理由になっている。この弱点を克服するためのヒントをつかむことができれば、MBAに来た意義も出てくるんじゃないかと思ってのことである。

結果、論文に取り組んだプロセスは自分にとって、物凄く濃密で、有意義なものになった。ただし、論文審査会が終わった今となっては、その論文に対する執着も(いい意味で)消えたように思う。論文としての評価が固まったので、これまでのプロセスをいったん清算できたというべきだろうか。終わってみれば、あっけないような気もしてしまうのだが、いまでは自分の論文は、批判的・客観的に見ることのできる対象になったのかなと思う。

最後にひとこと。以下は、論文の最後の「謝辞」の文章の後半部分です。

「謝辞・・・●●ゼミならびにMBA同期生の方々には,数々の指導・助言,叱咤・激励,支援・協力をいただきました。そもそも,本研究そのものが同期生各位の存在なくしては成立しえなかったものでありました。また,同級生の方々の存在が研究を進めるうえでの大きな推進力となりました。ここにあらためて感謝の意を表します。」

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ブログ再開

今週、月曜日に学位論文を提出した。

もともと更新がほとんどないブログであったが、この1か月間は特になにも書けなかった。最後の半月間は、かつて経験したことのないような濃密な時間だった。

とはいえ、何が書けたのかというと、自分ではよく分からない。自分のなかでは、苦しさとともに気づきや学びがあったように思うし、それを最後に提出できたことで一つの区切りをつけることはできたようには思う。

実際の論文には「これは言えた」とか、「これは言えなかった」とか書いているんだけど、ふと考えると、「結局は何も言えてないんじゃねえか」という気持ちになったりもする。このあたりのことは、少なくとも論文審査会が終わるまでカタがつきそうにない気持ちである。

なお、金曜と土曜は、(留年せずに修了できれば)MBA最後の授業となる。MBAでは色んな授業があったが、何を得て、何が自分の中に残っているのかを誰かと話し合いたいなと思う。直近の論文作成のせいで、それらがかすんでしまって、よく分からなくなっちゃっているので。。。

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今日のところは、

T先生は、「少しずつ形になりつつある」と。

ただ、アンケートの実施はまだだから、ヤバイことに変わりはなし。

徹夜したので今日は寝よう。

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論文題目、決定。

「建設的ダイアローグが人材育成に及ぼす効果」です。

家に帰って、登録作業です。

なお、指導教官いわく、このテーマにぴったりのイメージキャラクターは、なぜか「コオロギ」とのこと。「コオロギは、口論議とも書くんだよ」とのことであった。

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ポジティブパワー

おととい、恩師のおひとりからお電話があり、「今度の会合の資料を今から送るけど、いっしょに『修論に効果のあるもの』を同封しておくね」ということだった。

休日があけて、届いたのが書籍。
扉には「Go positive. negativeともうまくつきあい。」とのメッセージとサイン。

どちらかというとネガティブなところがある私だが、ポジティブなパワーを開花させる術を身につけたい。

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研究進捗状況

ゼミの先生に相談するのはこれからだが、とりあえず、テーマは決めた。簡単に言えば、人事スタッフの評価に関わるテーマである。人事スタッフの役割を理論から導き出したうえで現実の社内評価の実態を調査し、そのギャップを分析したい。

ちょうど一週間前、この半年間考えていたテーマはばっさりと捨てることにしたのだが、その後、方向転換して考えた案がこれ。

実は、案を練るのにかけた時間はたったの一日間。ちなみに、このときの腹案はもうひとつあった(*企業間の横並び現象の背後にある企業内の意思決定について)のだが、その後、いろんな方々にアドバイスをもとめて一つに絞った。これらすべてに要した時間はたったの一週間なのだが、結局、テーマを決めるときというのはこんなものなのだろうか。

話は飛ぶが、女性となかなかお付き合いができないという問題も実はあっさりと越えれるようなものだったりして。だとすれば、H先生の言うように、私がかかえる問題にはすべて「補完性」があるということになるのだが、そんなに見抜かれているのだとしたらそれも何だかなぁという感じもする。。。それとも、僕って分かりやすい男なのかな。

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問題の焦点

問題の焦点が絞れていない。

いまさらだけど。

「結局何が問題なの?」って、自分で突っ込みを入れながら考えてみようか。

頭がぐるぐるする。

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ばんざい

Tゼミ、ばんざい。

2日間の審査会ではわたし自身も濃密な場を共有させていただくことができ、いっぱい色んなものをもらえました。緊張の場面、笑いがひろがる場面、心が解き放たれた場面。。。

ただ、わたし自身は、ひとの好意には応えられず、まともな課題分析もできず、「ひと」としても「ビジネスマン」としてもどうなんだろうって感じですが。

・・・結果がすべて。

現実を受け止め、どうするかが問われます。

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論文審査会

きょうは論文審査会。
Tゼミも半分のひとが発表。刺激的な一日だった。

というか、

久しぶりに同級生に会ったら元気になる。

みんな、戦い終えた爽快感がある。

僕の戦いはまだこれから。

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